哀れ朝日新聞 ヤケッパチの年頭社説           2013.1.3   



  朝日新聞が葬式を出したはずの安倍晋三さんが不死鳥の如く蘇った。12月28日に大納会を迎えた東京株式市場は、衆院選圧勝後から早々と動き出した安倍氏の円高是正・デフレ脱却の積極財政に期待して今年の最高値を更新した。同じ28日、安倍氏は英、露、豪、印、インドネシア、ベトナムの6ヶ国の首脳と電話会談を行った。年始早々の特使の韓国派遣と併せて確実にチャイナ包囲網を形成しつつある。ロシアのプーチン大統領との電話会談では2013年度の訪露を調整することで一致し、北方領土問題処理についての画期的な前進の期待まで抱かせている。「3,500円の高級カツカレーを食った」に加えて、「JR東海道線の普通列車で初老の乗客から座席を奪った?」の嫌らしい中傷記事まで書いて安倍氏の復活を阻止しようとした朝日新聞にとって、この安倍新内閣のスムーズな滑り出しは、屈辱の傷口に塩を塗られるようなものだっだに違いない。

 2013年元旦。新聞各紙の社説は、今年の日本が抱える課題・展望、安倍新政権への期待や注文などの定番の記事で埋まった。ところが、朝日新聞だけは違っていた。元旦の朝日新聞社説の書き出しは『新年、日本が向き合う課題は何か、日本はどんな道を選ぶべきか――。というのは、正月のテレビの討論番組や新聞の社説でよく取り上げるテーマだ。でも、正月のたびにそうやって議論してるけど、展望は開けてないよ。なんかピントずれてない? そう感じる人は少なくないだろう。そこで、この正月は、そんな問い自体をこう問うてみたい。私たちが抱える、うんざりするような問題の数々は、「日本は」と国を主語にして考えて、答えが見つかるようなものなのか、と。』である。大嫌いな安倍晋三氏が導く「日本」の将来をイメージするなど絶対に出来ない。従って、定番の「今年の日本の課題と展望」は書けない。いや、書けないというより「書くことを拒否する」ということのようだ。


 辻褄を合わせるために社説に「グローバル化の中で」、「高まる自治拡大の声」の章を組み込んで、他国との協調なしではやっていけない・・、地方の声も聞け・・と続け、さらにはハーバード大学のマイケル・サンデル教授の著書「民主政の不満」を持ち出して、『
国家が主権を独占しないで、大小の共同体と分け持つ仕組み・・・(時代は)ゆっくりと向かっているように見える』と言い出す。そして最後は朝日の本音の『国家以外にプレーヤーが必要な時代に、国にこだわるナショナリズムを盛り上げても答えは出せまい』と安倍晋三氏の政治理念に対して精一杯の反抗を見せる。安倍晋三さんが指導する国家など捨ててしまいたいというところかも知れないが、新聞社としての命脈を保つためにはそうも言っていられない。仕方なしに『そうはいっても国家はまだまだ強くて大きな政治の枠組みだ。それを主語に議論しなければならないことは多い。私たち論説委員だってこれからもしばしば国を主語に立てて社説を書くだろう』と社説に付け加えることは忘れない。朝日新聞、ほんと惨めだよ。


 翌2日は新聞休刊日。そして今日、3日の朝日新聞社説は、なんと「高校生のみなさんへ 支え合いに取り組もう」(全文を別掲)である。名前を聞くだけで身の毛もよだつ安倍晋三さんへは、期待も注文もない。安倍氏がリードする日本の将来など当分は考えるのも嫌だ。だから定番型の年頭社説は書けない。安倍政権は長期政権になるかも知れない。しょうがないから高校生の皆さんに将来を託そう。とでも言うのだろうか? 案の定、社説の末尾は「支え合いの力と思いを身につけた君たちが有権者になれば、政治もきっとよくなるはずだ。政治は私たちの周りで起きていることの鏡なのだから。おおいに期待しています』の言葉で結んでいる。もうヤケのヤンパチ、日焼けのなすびですね。朝日新聞!! 

 ほんの数ヶ月前、谷垣前自民党総裁に「大人になれ」と社説に書いた朝日新聞だが、大人にならなければいけないのは、朝日新聞自身ですね。朝日新聞を購読している皆さん、新年早々こんな社説を読んで腹が立ちませんか? 購読拒否!! これが一番ですよ。


     
     私が安倍晋三さんの
     中傷記事を書き続ける
     「バカ宮」と申します。


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 201313日付 朝日新聞社説 >


香川県立高松工芸高校1年生214人の皆さんへ。


 現代社会の授業で「社会保障と税の一体改革」に関する社説に感想文を書いていただき、ありがとうございました。

 おととし12月28日付の「オトナはわかってる?」という社説でした。日本の政府が大きな借金をしていることを、そのツケを回される将来世代になりかわって嘆く内容でした。

 返事を出したら、また一人ひとりが感想を書いてくれて。

 とてもうれしく思いました。この交流を通して、大きな希望を見いだせたからです。

「お任せ」はもう限界

 こんな一文がありました。

 《大人は自分勝手だと文句をいうだけでなく「今の大人ができなかったこと」を考えることが、私たちにとって大切だ》

 今の大人ができなかったことって、何だろう。

 社会学者の宮台真司さんの言葉がヒントになります。

 「日本は、引き受けて考える社会でなく、任せて文句を言う社会」

 具体的には、こんな考え方じゃないだろうか。

 ――社会保障と税なんて難しい問題は、官僚や政治家が決めること。普通の私たちは文句をいうことしかできない。

 ――選挙で政治家に任せた。最後はエライ人がつじつまを合わせてくれるんでしょ。

 日本では、税金で集めるお金より、国が使ったり配ったりするお金が多いので、つじつま合わせに借金をしてきました。

 でも、借金はいつまでも続けられない。消費税とか、税金を増やすのも簡単じゃない。

 一方で、介護や年金など社会保障を必要とするお年寄りはどんどん多くなる。

 「お任せ」は、もう限界みたい。そこから脱するために、まず社会保障がどうやって成り立つのか、考えてみる。

つながりをつくる

 君たちが暮らすご近所を見回してみると、孤独な人が増えてませんか?

 お年寄り。体力がなくなって外出が難しくなる。記憶力が衰え、周りのことがわからなくなると悲しいだろう。

 若者。仕事や学校をやめてしまうと、つきあいが減る。いじめられて、引きこもったりしたら、孤独だろう。

 子育て中の親。家の中で、子どもとだけ過ごしていたら寂しく、イライラすることもある。

 人とのつながりがなくなるのが一番、不幸せじゃないかな。 そこをなんとかする。人と人のつながりをつくっていく。

 《ああ、そんなことでいいんだ。ふだんからできそう》

 《一つひとつ直していけば、幸せな人が増えるのでは》

 《自分の身のまわりも国の一部なんだ、と気づきました》

 君たちが感想文に書いた、こんな「支え合いの思い」。これこそ、社会保障の土台です。

 支え合いが必要だと思えば、まず自分たちやご近所で、できることをやる。専門的な医療や介護は、プロにやってもらうため、お金を出し合う。

 ところが、オトナになると、損得勘定に敏感になる。

 ――自分は生活が苦しい。お金は、もっと余裕がある人に払ってもらいたい。

 ――こんなに困ってるのだから、もっと助けてほしい。

 ――支え合いに「ただ乗り」している人を甘やかすな。

 対立する意見があり、あちらが立てば、こちらが立たず。この調整が難しい。

みんなに出番がある

 《テレビに出る政治家は、自分の意見を言い始めたら、人の意見をまったく聞かない》

 なるほど、そうだ。政治とは本来、対立する意見を調整する仕事なのにね。

 ――みなさんの負担を増やさず、社会保障をよくします。

 そういう政治家もいる。

 でも、そんな夢のような解決策はありっこない。

 お任せをやめ、自分たちに引きつけて、よく考え、話し合うしか道はない。自分が「こうしたい」と思っても、相手のことを考えてゆずったり……

 人の話を聞いて、黙々と行動する人も欠かせない。

 《私は主張するのが苦手で、他の人の意見を聞いてばかりいるけど、大切なことは言わないといけないのかな》

 そう。大切だと思うことは勇気を出して言ってみる。

 みんなに「出番」がある。腕まくりして取り組み、話し合うなかから、「問題解決」が色々な場所で起こってくる。

 《政治家だって国を悪くしようとしている人はいないと思います》

 確かにね。そんなぎりぎりの信頼感を胸におさめて、まず自分ができることを引き受ける。

 支え合いの力と思いを身につけた君たちが有権者になれば、政治もきっとよくなるはずだ。政治は私たちの周りで起きていることの鏡なのだから。

 おおいに期待しています。




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