日本から "戦前" を葬り去った「ニタニタ顔の男」(美濃部亮吉)
 
                                                                           2016.5.30
   



 あれは、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で割腹自殺をした翌1971年の春休みも終わりに近づいた4月の初め頃だった。所謂、貧乏人の小倅(こせがれ)だった私は、春の大出費(前期の授業料、教科書代、通学定期券代、そして毎日の昼食代)に充てる資金稼ぎが目的で、東京蔵前の文房具問屋でアルバイトに精を出していた。地方の文房具屋から電話で注文を受けた品目を倉庫の棚から降ろしてダンボール箱に詰め、午後の三時過ぎに集配にやって来る運送業者のトラックに引き渡すのが仕事だ。注文が遅れてトラックに間に合わなかった荷物は自転車に積んで、車だらけの「国際通り」(都道462号線)をフラフラと北に走って浅草の繁華街を抜け、トルコ風呂(今でいうソープランド)が立ち並ぶ昔の吉原遊郭街の近くにあった運送会社の集配所まで運んだ。転倒したら一巻の終わりという気が抜けないバイトだった。

 この問屋のご隠居(先代の店主)が面白い爺さんで、昼時になると休憩している私の横に座って、一頻りご時世について講釈を垂れるのだ。日米安保条約は大学キャンパスに大きな混乱をもたらさずに「自動延長」となり、暴力集団と化して世論の支持を失った学生運動屋の残党たちは地下に潜った。東京は間近に迫った都知事選挙で騒がしく、国際通りにもひっきりなしに宣伝カーが行き来していた。この年の都知事選は、ニタニタ顔で婦人層に絶大な人気があった現職の美濃部亮吉(p1)に対して、「柔和」と言うにはほど遠い人相の元警視総監、秦野章(p2)が挑んだ選挙だった。ご隠居さんは、「美濃部の勝ちだな・・」と予想し、結果はそのとおりになった。秦野に100万票の大差をつける圧勝だった。結局、マルクス経済学者で政治経験が全く無いこのニタニタ顔の男が、社会党と共産党の支持を受けて3期12年の永きに渡って合法的に、日本の玄関である東京の支配者の座に居座(いすわ)ったのである。

                 
        p1 ニタニタ顔の男          p2 秦野 章


  大東亜戦争に敗れ、進駐した米軍に強制された憲法改正案を受け入れた最後の帝国議会(1947年)の議員たちは、悔し涙を流しながら近い将来における日本人みずからの手による憲法改正を誓い合った。サンフランシスコ講和条約が発効して日本が独立を取り戻した1952年には、大戦後に戦犯として罰せられ、拘禁されていた人たちの「即時釈放」を呼びかける国民運動が起こり、4000万人の署名が集まった。翌1953年には、A級戦犯を含む全ての戦犯とされた人々を赦免し、その名誉を回復させる国会決議が、共産党や社会党を含む圧倒的多数で可決された。私が卒業した千葉の片田舎の小学校では、毎週月曜日の全校朝礼時に、週番の生徒の「国旗掲揚、国旗に注目!」の号令のもと「君が代」を歌いながら掲揚台に「日の丸」を揚げた。新築されたばかりの鉄筋コンクリート造りの私の中学校の屋上には、いつでも「日の丸」がはためいていた。高校の卒業式で祝辞を述べた校長の背後には、大きな「日の丸」が掲示されていた。こういった日本人として当然の行動や考え方、あるいは日本にとってあたりまえの風景が消え始める決定的瞬間は、何時だったのか・・? 最近になって、ようやく確信するようになった。それは三島由紀夫が自死した翌年、ニタニタ顔の男が「もう一つの日本の顔」を選ぶ東京都知事選でその二期目を史上最高の得票数で圧勝したこの1971年である。

 共産主義者である美濃部が首都東京を長期にわたって牛耳る事態となった衝撃は大きかった。この流れは一気に全国に及んで、多くの地方自治体の首長選挙で、社会党/共産党を支持母体とする候補者が次々と勝利し、一時は日本の総人口のおよそ半分が左翼の素人政治屋たちの支配下に置かれる事態に陥った。彼ら「革新統一」と呼ばれた知事や市長たちは、福祉政策に大金を投入するなどポピュリズムに傾斜する一方で、自らの支持者である自治体職員の待遇改善を積極的に進めて味方につけた。「市役所は給料が安いからな・・恩給が無かったらなり手はいないよ」という言葉が「昔ばなし」になったのは、この頃である。そして彼ら「革新統一」の左翼政治屋とその支援者たちは、政治に飽きて金儲けに熱狂する多くの国民を尻目に、驚くべきスピードで日本から「戦前」を消失させてしまったのである。

 日本の顔である巨大な首都「東京」のトップには、揺るぎない信念を持った保守派のタフな政治家が座らなければ、日本を取り戻すことはできない。これが戦後都政最悪の「暗黒時代」を築いたと言われる「ニタニタ顔の男」から学ぶべき教訓である。

(この記事は、細川護煕:「投げ出し」男の都知事選出馬は日本の悪夢(2014.1.13) から一部を抜粋して再掲したものです)




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