原発の守護神 班目(まだらめ)委員長のデタラメ (福島第一原発事故)                  
                                                                      2011.3.27
 
 



 国の原子力安全委員会(班目春樹委員長)は25日に臨時会議を開催し、福島第一原発から20〜30km圏内の屋内退避区域の住民に対して自主的に避難することが望ましいとの見解を示し、枝野官房長官は、25日の記者会見で、上記の自主避難を積極的に促すよう関係市町村に指示したことを明らかにした。 

  
   SPEEDIが試算した被爆量

 これを報じた読売新聞が一面トップに文部科学省のSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測)システムでのシミュレーション結果(写真)を掲載した。このデータは、原子力安全委員会が23日にプレスリリースしたもので、原発事故発生後の12日6:00AMから24日0:00AMまで連続して屋外にいたという条件で、原発周辺各地でのモニタリングデータに基づいてヨウ素の放出量を仮定し、甲状腺等価線量に基づく内部被爆量(ヨウ素の影響を最も受け易い1歳児の甲状腺の内部被爆量)を試算した結果を示している。このデータによると、原発の北西に位置する飯舘村や川俣町、北側の南相馬市の北部、あるいは南方向に位置するいわき市の一部など30km圏を優に越えた地域でも安定ヨウ素剤を飲む必要があるかどうかの判断の目安になる100ミリシーベルトに達する被爆量が試算されている。

 
ところが、報道によると原子力安全委は、現在の防護区域(20km圏内は退避、20〜30km圏内は屋内退避[ただし、自主退避が望ましい])を変える必要はないという。試算結果は「常に屋外にいた」という厳しい条件を仮定しており、屋内であれば被爆量は4分の一から十分の一に減じるからというのがその理由のようである。被爆量は原発からの距離の同心円に沿って同一の値を示すのではなく、風向きや風力によって予想もしなかった地域で高くなることがあるということがこのデータからも明らかである。アメリカ政府が日本に滞在している自国民に対して80km(50マイル)圏外への退避を促したのは素人目にも当然のことのように思える。飯舘村では、この発表に前後して土壌や水質汚染の問題も明らかになっており、原子力安全委の見解には首を傾げざるを得ない。とても住民の側に立っての判断とは思えない。

 
SPEEDIシステムは、原子力緊急時に国や都道府県が防護対策をとる上での画期的な手段となるものである。文部科学省原子力安全課の「環境防災Nネット」のホームページの解説によるとSPEEDIシステムは既に実用に供されているものと解釈でき、国の防災基本計画(H17年7月)でも「国(文部科学省)は、・・SPEEDI・・を平常時から適切に整備、維持する・・」と定められている。ところが、原子力安全委がデータを公表したのは、スピーディという名称とはほど遠い事故発生から10日以上も経過した23日である。22日に米国原子力規制委員会(NRC)が福島第一原発からの放射性物質の拡散予測データを発表し、このデータに基づいて米国政府が日本に滞在している自国民の避難範囲を決めたことから、SPEEDIのデータを公表しない原子力安全委に批判が集中し、同委はやむを得ずデータを発表したと思われてもしかたがないタイミングであった。しかもその内容は、原発周辺住民の被爆被害の防止活動に繋げることができる「予測値」ではなかった。

 
23日の原子力安全委の記者会見の模様をUSTREAM(http://www.ustream.tv/recorded/13510647)で確認してみると、班目委員長は発表が遅れた理由を「16日から試算用の情報を収集し、20日から陸向きの風になったので試算した」と説明し、「システムの本来の目的である予測値が何故出せないのか」の記者の質問に対しては「予測のためには時々刻々と変化する原発の状況に関するデータが不可欠で、現状では東電側からの情報が不確かで予測は不可能」だと答え、巨額の税金をつぎ込んで整備したはずのシステムが、本来の機能を全く発揮できなかった責任を東電に押し付けた。

 
原子力安全委員会のホームページによると、この委員会は「行政機関から独立した立場で原子力の安全利用のための規制についての基本的考え方を決定し、行政機関ならびに事業者を指導する役割を担っており、内閣総理大臣を通じた関係行政機関への勧告権を有するなど、通常の審議会にはない強い権限をもっている」という。ところが、防護区域の見直しなどについて記者から質問が出ると班目委員長は「それは政府が・・。私たちは政府の指示で動いている・・」と逃げの姿勢に終始し、中立的立場で国民の安全を守るために活動するという主体性は微塵も感じられなかった。

 
この班目委員長は、経産省の原子力安全・保安院とともに原発推進派に組して、原子炉の新設・原発維持のために活躍してきた華々しい経歴の持ち主であり、その行動に対して批判的な人たちからは「原発のセールスマン」とか「原発の守護神」と呼ばれている人物である。新潟中越沖地震での柏崎刈羽原発の事故の対策委員会では、東電側に有利な発言を次々に繰り出し、東海地震の予想震源地の中央付近に位置する静岡県御前崎市(旧浜岡町)の浜岡原発に対して近隣都道府県の住民が人格権に基づく運転差し止めを求めた訴訟では、並列冗長系を構成している「非常用のディーゼル発電機が2台とも動かなくなったときは大変な事態になるのでは?」の原告側の質問に対して「そのような事態を想定したのでは、原発はつくれない。割り切れなければ設計なんて出来ない」と豪語して中部電力を擁護した。

 
報道によると、22日の参議院予算委員会で社民党党首の福島みずほ氏から、「割り切った結果が、今回(福島第一原発)の事故では?」と追求された班目委員長は、漸く「割り切り方が正しくなかった」と反省の弁を述べる一方で、「割り切らなければ設計はできない」という主張は頑なに曲げなかった。そして「今回の事故は、想定を超えたものであり、想定について世界的な見直しがなされなければならない」と、この手の学者が、自らの責任を回避するために使う常套語をしゃあしゃあと言い放った。

 国の方針に反する考えを持った研究者たちが冷や飯を食わされる一方で、この斑目委員長のような政府や大企業の御用学者が、学会の中枢で長期に渡って力を維持する構図は、日本の醜い面を代表するものである。今回の原発事故は、班目委員長にとって、忌まわしい過去を清算する贖罪のための絶好の機会であったはずなのに、本人にはその機会を生かそうとする気配さえ感じられない。御用学者の頭の中は、築き上げた現在の地位をいかに守るかの思案で一杯のようである。




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